「繁文縟礼は躬化に如かず。
君仁君義なれば、仁義ならざるなし」
安政五年正月六日「狂夫の言」 -吉田松陰-
【読】
はんぶんじょくれいはきゅうかにしかず。
きみじんきみぎなれば、じんぎならざるなし。
【訳】
こまごまとしてわずらわしい規則や礼儀を作るよりは、
君子が自ら模範を示して国民を教化する方がまさっている。
殿様が心ある立派な人であれば、
仁義ある国家にならない訳はない。
この本は、僕の高校時代の恩師の手によるものです。
(この方は、僕が当ブログにて時々口にする、
吉田松陰の末裔ではありません)
松陰先生が家族や知人に宛てた手紙、松陰先生の著書より、
珠玉の言葉を集めたもの。
冒頭の文は、この本より引用させて頂きました。
以下、
僕の想う事、です。
【家族という単位において】
僕は子育てに躾は必要ないと思っています。
子供は親の背中を見て育ちます。
子供達は、
魂だけはとても素晴らしき持ち主で、
身体においては、未だ未熟な初心者であることをよく理解してやり、
少しの失敗ごときで怒らず、
共に学び、共に遊び、
問われれば答えていさえすれば、
子供の親に対する信頼度は増します。
そうして、
信頼する親を真似る、親の背中から学ぶようになるのです。
それでも躾は必要でしょうか?
躾るべきは大人の方ではないでしょうか。
ほぼすべての大人が上から目線で子供に接します。
拳を振り上げ、いざとなったら恐怖で子供を躾、黙らせるんだと、
公言し憚らない父親たち。
ワンオペと言う言葉自体が、子供を産むんじゃなかったと、
子供の目の前で言ってるも同然だと気づかない母親たち。
子供の目線、子供の気持ちをないがしろにしてることに、
誰も気づいてないのではないでしょうか。
子供をないがしろにして、
自分のスキルアップに余念がない親御さんたち。
幸せになる為のスキルは、すべて子育ての中にあります。
子育てを押し付けあっている、その心からは、
子供の目線が抜けていること、
幸せとは何か内省する視点が抜けていること、
に早く気付くべきです。
(僕自身、反省する毎日です)
親が心ある立派な人であれば、
子供も必ず立派な志を持つ人物へと成長します。
【職場という単位において】
これもまた同様に、
その職場の長となるものが、常に己を鑑み、
立派な範を示す人物であれば、従業員も心より慕い、付いていくものだと思います。
それを従業員の態度がなってないからと、
細かいルールを作ったり、怒鳴り散らすのは、
自分の事を棚にあげた行為であります。
ヽ( ´ー`)ノ
【国家という単位において】
国が乱れるのは、その国の中心となる人物が乱れているから、
あやふやで定まっていないからでしょう。
奈良、法隆寺の心柱の如く、
中心がしっかりしているものは強固です。
先の戦争で、アメリカは日本の強さの秘密をひたすら研究したとのことですが、
日本が骨抜きになった今、
アメリカの研究は間違ってなかったと、
その研究を、そろそろ日本人自ら再考してもいいんじゃないかと、
もの想う今日この頃の僕なのです。。。