犬と話す方法?

 

きっと頭の変なやつと思われるでしょうが、高校生だった頃、僕は飼っていた犬と話すことが出来ていました。話すというより、以心伝心といった方がいいでしょうか。

この会話術は犬だけではなく、牛、馬、動物全般に使えると思います。たぶん ヽ( ´ー`)ノ

キーワードは「信頼」です。相手にいかに信頼してもらうかによって、心通じ合えるかどうかが決まってきます。ですので道端で一瞬すれ違う、犬、猫にはほとんど効果はありません。常日頃、接する動物でお試しください。

まず、どんな気性の荒い牛も手なずけることの出来た人の話をし、それから僕が犬と会話してた?方法を紹介していこうと思います。畑を耕す時、牛がなかなか働かずお困りの方はぜひ☆ (*´ -`)

 



 

気性の荒い牛は源左に頼め

 

犬と話す方法

 

幕末から昭和の初期にかけて、因幡の国(現在の鳥取県)に妙好人(みょうこうにん)の源左(げんざ)という人がいました。妙好人とはひたすら念仏を唱え安心を得たひとのことです。念仏を唱えることで何の心配もなくなって、幸せだけ感じて生きた人たちのことを妙好人といいます。

気性が荒く乳搾りをさせない牛でも、源左さんに対しては素直に乳搾りをさせ、反抗して働かなくなった牛も源左さんにかかると素直になったとのこと。源左さんを見た動物達が神がかり的に瞬間で言うことを聞いた、といった類のものではなく、源左さんが何日か牛を預かることで手なずけたようです。

そのやり方は、しばらくは牛の好きなようにさせてやる、というもの。一緒に歩いて牛が止まれば、牛が自分から動き出すまで止まってやり、畑を耕さず道草を喰っても喰ったままにしておく、よそ見をしてもしたままにしておく。夜は一緒に寝てやり、寝ながら夜通し撫でてやったそうです。そうして2、3日牛の好きなようにさせるだけさせておいて、その後で一緒に畑を耕せばどんな牛も素直になったとか。

このように、人間に対しての「信頼」が回復することで、牛の気性も直ったのではと僕は思います。源左さんは自分の牛に対しても優しい人でした。大量の藁を牛に担がせる時も、あまりに多いと牛が重いだろうと、自分もいくらか担いでやるといった人です。そんな人だからこそ、荒れた牛も信頼を寄せるのでしょう。

このようなやり方は究極の甘やかし、そう思えるかもしれません。なんでも好き放題させて、わがままな牛に育ってしまうのでは?という疑問もわいてくると思います。しかし源左さんの行為は「信頼」を取り戻す為に行われたものであって、常にどんな牛に対しても源左さんがこういう風に接していた訳ではないと思います。

ポイントは源左さんが自分の牛に対して、全部の藁を担がせない部分だと思います。究極の甘やかしならば、牛には何も担がせず、自分が全部担いでやるでしょう。これでは牛を飼っている意味も、牛が生きている意味もなくなってしまう。インドでは牛が聖なる動物として扱われるため、道路上で寝ていても追い払うことも出来ないのだとか。あれこそが究極の甘やかしであって、牛に全部を担がせる上から目線でもなく、牛に全く担がせず、自分がすべて担いでやる、下から目線でもない、同じ目線。その目線があってこその信頼ではないでしょうか。

 

ハチのこと

 

犬と話す方法

 

ハチは僕が高校生の時にウチにやってきた犬。柴犬と野良犬との雑種。登校拒否をしていた自分を心配し、親が飼うことを許可してくれました。親としては少しでも外出するように仕向けたかったのだと思います。

ハチに対して僕は「おすわり」「待て」「お手」「伏せ」といった類のしつけは一切しませんでした。芸をさせてる、意味もないことに従わせてる、といった感じが嫌だったからです。ただ人を傷つけるということはして欲しくなかったので、僕を噛んできた場合は口をギュっと痛いくらいに掴んでやりました。キャンキャン言ってたのでけっこう痛かったと思います (*´ -`) 

ド田舎のしかも何十年も前の話なので、今のようにウンコマナー等なく、道端に犬のウンコが落ちてて踏んづけてしまう、なんてよくあった時代のこと。家の裏の堤防にくれば、決まって散歩の紐を外してやってもいました。

成犬になった頃、あることに気づきました。僕がハチと散歩にいこうと思うと外でハチが嬉しそうにキャンキャン鳴き始めるのです。僕は家の中ですし、ハチから姿が見えている訳でもない。僕がたてている物音で散歩に出かける時のなんらかのパターンがあって、それでハチは散歩に行くことがわかるのかなー、といろいろ自分の行動で試してもみました。そのうち、どうも僕が散歩にでかけようかなと「思う」、その瞬間に鳴き始めてることがわかったのです。

それが分かってからもいろいろ試しました。「散歩」と思ってみる。頭の中で散歩散歩とつぶやく等々。どれも違うようでした。散歩の紐を取りに行こうとすると鳴き始める。まだ行こうとする手前の段階で。ということは。。。と、頭の中でハチとの散歩に使っていた散歩の青い紐、それを強くイメージしてみました。するとイメージした瞬間、ハチが鳴くことが分かりました。

紐の形、青い色を具体的にイメージすると、です。それからは時々、散歩に行く気もないのに、その青い紐を頭にイメージして、ハチが散歩に行けると思ってキャンキャン鳴く、なんて意地悪もしちゃいましたが、僕にとっては、たとえ距離が離れていても、言葉によらないコミュニケーションが存在する確信を得た出来事なのです。

ハチとコミュニーケーションが取れていたであろう事象はたったこれだけです。他にも、紐をつけず散歩をしてる時に、近所の幼馴染が犬を連れてるのにすれ違う時、ケンカしたり噛みついたりするなよ、と思ってるとそのとおりスーとすれ違うだけで、何もしないでいてくれましたが、これはただ単にハチが自分の意志でそうしてたのかもしれませんし、コミュニケーションがとれていた証拠にはならないように思います。幼馴染は「賢い犬ね」と褒めてくれてはいましたが。

でも普通の犬は他の犬とすれ違う時、お互いの臭いを嗅いだりしそうなものですが、ハチはそれをしませんでした。とはいえド田舎での話。都会で何匹ともすれ違えば、興味のある犬にはそうしてたかもしれません。そういえば一度見慣れない犬に追いかけられるハチが、(なんとかしてくれー)といった感じで僕の方に助けを求めてる風に走ってきたので、ハチが僕の横を通り過ぎ、続けざまにその犬が僕の横を通り過ぎる瞬間に、足蹴りをお見舞いしてやろうとしましたが、その犬がヒュッとかわして反転、逃げ去る。ハチもすかさず反転。形勢逆転。その犬を追いかける。なんてこともあったっけ。

飼い主と犬。そういった主従関係ではなく、登校拒否児の散歩仲間。友達。そういった風に僕が思っていたので、ハチもそう思ってくれていたのかもしれません。

 

動物からの信頼

 

犬と話す方法?

 

以上が僕が思う動物とコミュニケーションをとる方法です。確実に話す方法とは言えないのでタイトルには?マークを付けさせてもらいました ヽ( ´ー`)ノ

要はいかに「信頼」を得るかが動物とコミュニケーションをとる鍵だと僕は思ってます。信頼を得ることで心が通じる。通じた上で具体的にイメージしてやると、そのイメージが動物に伝わりやすい。何かして欲しくない行動があるのに、なかなか動物がそれをやめてくれないといった場合は、一度最初から信頼を取り戻し、その上で、その行為を行った瞬間に、その動物に分かるように叱ってやる必要があると思います。

たとえば、犬がわんわん吠えてる時に、飼い主さんが「こら!○○ちゃん!わんわん吠えたらダメよ!」なんて言ってる場面に遭遇します。誰もが分かってることですが、犬は飼い主の言ってる言葉の意味は、当然、全く分かってないと思います。むしろ、飼い主さんの危険を知らせるために吠えて、きっと飼い主さんも褒めてくれている、と犬は思ってるでしょう。

本当に吠えて欲しくないなら、吠えた瞬間、吠えることが出来ないように口を押えて叱ってやる等の行動が必要になってくると思います。それも日ごろの「信頼」あっての上で、です。それがなければ動物にとっては虐待でしかないと思います。

というわけで、以上動物と話す方法でした。牛がなかなか乳搾りをさせてくれない、犬が羊をうまく誘導してくれなくてお困りの方は、ぜひ☆ ヽ( ´ー`)ノ